『フランス文学を旅する60章』を3章だけ読んだ感想

『フランス文学を旅する60章』を3章だけ読んだ感想

青土社のシリーズ本として『〇〇を知るための××章』というものがあります。

かなりの内容量で、「あるテーマについて一通りの知識を付けたいときはこれをよめばOK 」という感じのシリーズです。

その中の一つ『フランス文学を旅する60章』というのを少しだけ読んだのですが、これがなかなかパワーのある文章だったので、思考が発散させられないうちに一度まとめていこうかなと思います。

いま大体6章くらいまで読んだところなのですが、その中で面白いと思った項目を以下で紹介します。

『トリスタン・イズー物語』

トリスタンとイズーはお互い愛し合いながらも、政略的に望まぬ相手と結婚することに。

その後、トリスタンの死期が近づいた際、トリスタンは最後にイズーに一目会いたいと願い、友人がイズーを連れに走る。

「もし船にイズーが乗っていれば白、乗っていなければ黒の帆をあげてほしい」と頼むも、どこからか妻に漏れ、船の帆は黒であると嘘を教えられる。

絶望したトリスタンは3度イズーの名を呼び4度目で生き絶える。

遅れて到着したイズーはトリスタンの冷たい躯を目にすると、自分も横たわり、体と体を、唇と唇をぴったりと合わせて、そのまま生き絶えた。

「私なくしてあなたなく、あなたなくして私なく」の言葉通り、意志の力だけで死んだのだ。

・・・意志の力だけで死んだのだ、、って何!?

何この圧倒的な文章のパワー!と思いました。

 

『アベラールとエロイーズ』

「妻という呼称の方がより尊く、面目が立つように思われるかもしれませんが、私にとっては愛人という名の方がいつだって甘美にひびいたものでした。」

結婚など所詮は金銭目当てである。徹底的にアベラールを尊敬する彼女にとって、打算で成り立つ結婚に与することは、むしろ純粋な愛を汚すものだった。

・・・この考え方は家名を大事にする風潮のある時代を逆手に取っていて新しいなと思いました。

 

『ヴィヨン全詩集』

ヴィヨンは学業を修めるべき身分であったが、勉学よりも遊びや悪ふざけに夢中となっていた。

しかし、同時に勉強しなかったことを後悔するような2面性もあり、独特な自省的な側面も。

俺はフランソワ
ダメなやつです。
ポントワーズの近く
パリの生まれ。
六尺五寸の荒縄で吊るされて
わが頸はずっしりと尻の重みを知る

と、絞首台にぶら下がる自分を上のように表現。

特有の死への脅迫観念が共感を呼んだ。

・・・上の句の独特のリズムは、訳者がすごいのかもしれないけど、かなり斬新な感じがしました。

 

終わりに

こんな感じで、ちょっと読んだだけでもフランス文学の名作の片鱗みたいなのを十分に感じ取ることができました。

一気によむと情報過多で食傷気味になりそうなので、機会をみつつじっくり読んでいきたいなと思いました。

たぶんフランス文学好きの人は一気読みしてしまいそう!