小説

『世界でいちばんかわいそうな私たち』に学ぶ世界観の作り方

最近思っていることの一つが、いい本を読んで「これは面白いな!」と思ったときに、どこかどう面白いと思ったのかを明確にしておくことが重要だということ。

この部分を明確にすれば、「こういう点で面白いと思った!」と発信することで、「別の視点で見るとここが面白い!」とか「その視点であればこの本も面白いはずだ!」というようにSNSとか友人から有益な情報を得ることができます。

一方で「何となく面白かったわ!」というあいまいな感じだと、同じく面白かったという人と会っても「面白かった!」というだけで終わってしまう。

だから面白いと思った本は徹底的に解析して、どこをどう面白いと思って、その原因は作者の文章のどこにあるのか、という点を明確にしていこうと思いました。

で、最近『世界でいちばんかわいそうな私たち』という本を読んで、その本での「世界観の作り方」がすごいと思ったので、以下でどこがどうすごいと思ったのかをまとめていきます。

物語の自然さは世界観の作り方で決まる!と思う

これは自分が『世界でいちばんかわいそうな私たち』を読んで思ったことの一つですが、ミステリー小説の良し悪しの話で、ストーリーに不自然さを感じる場合と、そうでない場合があるなと思います。

で、その自然に感じる場合と不自然に感じる場合の違いとして何があるのかなと考えたときに、世界観の作りこみかなと思いました。

設定の自然さという点では、トリックが社会的に見て自然である必要とかは必ずしもなくて、あくまでその小説の世界の中でマッチしているかどうか、というのが重要なのかなと。

例えば、めっちゃリアルな警察小説風のミステリー小説とかで、急に警官が弾丸を素手で受け止め始めたりとかしたら「えっ?」となるけども、元々の世界観がファンタジーな感じであればそれは前提の中に組み込まれてあまり不自然さは感じないなと思います。

そんな感じの世界観の作りこみとその前提の中でのミステリーの進み方、トリックのマッチング度、犯人の動機の確かになー感とかが、物語全体としてのスムーズさにつながります。

『世界でいちばんかわいそうな私たち』での世界観の綿密さ

という自分の考えに基づいてみたときに、綾崎隼さんの『世界でいちばんかわいそうな私たち』という作品は、世界観の作りこみが素晴らしい作品だと感じました。

ちょっとネタバレもあるので、未読な人でネタバレが苦手な人はあれですが、どこがすごかったのかというのを紹介していきたいと思います。

大胆な設定とそれを不自然に感じさせない初期設定の綿密さ

まずすごいなと思ったのが初期設定の綿密さです。

簡単にあらましを説明すると、まず本書は「戦後最大の未解決事件としての瀬戸内バスジャック事件」をテーマにした世界観。

誰一人死ぬことなく、全員無事で終わった事件であったものの、その際に犯人の手先として使われた少女が周りからの誹謗中傷により声を失っているという設定です。

物語はその10年後からスタートし、相変わらず声を失ったままで筆談で会話をする少女・秋葉がフリースクールに通っていて、そこが舞台となります。

この「声を失った少女がフリースクールに通っている!」というところだけとっても、かなり設定が細かくて、それによって不自然さが消えているなと思いました。

例えば、バスジャックに遭遇して声を失った!だけだったら、なぜ他の乗客は声を失わずにその少女だけ声を失ったのか、とか、バスジャックに遭遇したくらいで声を失うだろうか?というような疑問が浮かんだ可能性もあります。

しかし、バスジャックで犯人から「いう通りにすれば、誰一人傷つけない」と言われて、その通りにしたのに、学校で犯人の手先だとして誹謗中傷を受け、マスコミからも追い回されたとしたら、それは確かに声を失うかもしれないなーと納得できます。

しかも、フリースクールに通っているという点でも、本書では小説家の経営する「静鈴荘」というフリースクールに通っているという設定ですが、これがそのバスジャック事件に同じく乗り合わせて、その事件に関連した小説を出版した作家の経営するフリースクールである!という設定を加えることでさらにそこにいる理由が自然になっているなと感じました。

展開の追加がスマートで入れ込構造を不自然に感じさせない作り

2つ目にすごいなと思ったのが展開のさせ方です。

本書では1巻、2巻ともに入れ込構造のミステリーとなっていて、声を失った主人公の秋葉に関する事件に関する話かのように始まりますが、その中で別事件を解決して結果として秋葉に関する事件も少しだけ進む、という構成をとっています。

ふつうに考えればけっこう無理のある構造で、下手をしたら、「あれ、これ最初のプロローグ部分いらなくね?」となるような展開ですが、その不自然さを感じさせない展開のスマートさがすごいなと思いました。

なんでなのかな、と思ったときに「これかな!」と思ったのは、展開が目まぐるしく動いているから追加の人員が目立たないということ。

本書では、フリースクール静鈴荘に行き倒れになっていた若い男性が教員として雇われるところが最初の展開ですが、そのあとさらに一人生徒が編入してきます。

この編入してきた生徒がなぜ来たのか、という理由を解き明かすミステリーが第1巻の入れ込構造の内側の話になるのですが、先に教員が編入するというより難しい設定を入れていることで、生徒の編入という「転」の部分が目立たなくなっているのです。

「あー、また編入か。まあ、フリースクールだし生徒が増えることもあるよね」

と思ってふつうに受け入れて読み進めていくうちに、あれよこれよで事件が発生し、物語に引き込まれているというわけです。

このスマートな展開がすごいなと思いました。

物語の方向修正と引きがスマート

3つ目にすごいなと思ったのは、入れ込構造の内側の事件が解決した後の外側の事件への戻しの部分のウマさ。

第1巻では無事編入してきた生徒の事件が解決し、その生徒はもといた高校にもどっていきます。

そしてそのあと静鈴荘のメイン先生の杏先生と行き倒れになっていて採用された新先生である佐伯先生が飲み屋で打ちあげをしている場面がラストです。

が、この単なるエピローグかなと思うようなラスト1章で、怒涛の展開となります。

佐伯先生が行き倒れていたのはわざとであり、経歴も名前もでたらめであるという点を杏先生が指摘し、その上で雇っていると告げ、読者を引きつけます。

この時点で自分は手を止めることができなくなっています。

そして最後の最後に「瀬戸内バスジャック事件の犯人はあなたですね」

と告げたところで引きとなっています。

「あ、忘れてたよそれ!」

と思いつつ、もはや世界観に引きづられている自分は、この戦後最大の未解決事件の真相を知るために、第2巻を買うしかないというわけです。

ごちゃごちゃ書いたのでまとめると、すごいと思ったのは、この第1巻として入れ込構造の内側の事件でしっかり読者を満足させたうえで、さらにシリーズ通しての謎である入れ込構造の外側の事件にしっかり戻して物語を終えているという点。

これにより、第1巻に満足しつつも、第2巻を買わざるを得なくなります。

第2巻での引きもそんな感じで、この各巻で独立ではあるけどシリーズ通して読まないと真の面白さにはたどり着けないよ!というような展開のウマさがすごいなと思いました。

終わりに

ここまで『世界でいちばんかわいそうな私たち』の世界観の作り方について、自分が思ったことをまとめてきましたが、いかがだったでしょうか。

世界観を作ってしまえば、その中で起こることはすべて真実!そしてその世界観を作るには、前提の部分をしっかり作りこんでいくのが重要ということを学びました。

違う点で面白いと思った点とか、それならこれも読んどけ!みたいなのあればコメントいただけると幸いです。

ではまた。よい読書ライフを。